読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

持論飄論

時事ネタを織り混ぜた、エッセイ的なブログにしたい

2017年の4月を無理矢理振り返る (完成)

今年の四月も、毎年のことながらエイプリルフールから始まった。(当然か…)
最早風物詩とも言えるであろう、ウェブ上で繰り広げられるエイプリルフールネタは、クスリと笑えるもの、悪のりが過ぎるもの、そもそものネタが分からないので理解不能なものと、今年も各社百花繚乱であった。毎年このようなことを考え、真面目にネタに取り組まされる社内の若手や広告代理店の努力には頭が下がる。エイプリルフールネタ担当者を5月は毎週プレミアムフライデーにしてあげるくらいの心意気が、会社にあっても良いはずだ。

一方で、エイプリルフールネタを行う余裕がない会社が今月も多くあった。東芝決算公表や社内の不祥事への対処に追われ、日本郵政巨額損失の尻拭いをさせられていた。サザエさんに「この放送は、ホンハイと、ご覧のスポンサーの提供でお送りします」と言わせるという、エイプリルフール顔負けの展開があるのか注目だ。

芸能に目を移すと、今月は坂口杏里ゲスの極み乙女。のネタでもうお腹一杯であった。ただ、ゲス乙女の自粛破りには、自粛とは何かということを改めて考えさせられた。自分の中で禊も終わったのか、相変わらず川谷は飄々としている。個人的には彼の音楽は嫌いではないので、今後も半ばインディーズ状態で、ほのかいこか、と飄々と活動してもらいたい。

ゲスの極みといえば、ゲス不倫議員がまたしも出現した。自民党は案外若手議員が多いのだが、不倫相手の結婚式にも出るという行為はまさにゲスであった。色んなゲスが世の中にはあるものだと感心、いや失礼、落胆させられた。

自民党の不祥事でもう一つ思い浮かんだのは、今村復興大臣の辞任である。「経済損失は東北だからまだよかったが、首都圏なら甚大な被害になる」といった発言で物議をかもした。「Aはまだマシだが、Bは…」という物言いは政治家はしてはいけない、そう感じた。今村氏はフリー記者の質問に激昂したこともあったので、不祥事の続発も辞任の理由なのだろう。フリー記者の件についてはまあどっちもどっちだろうとは思いつつ、今村氏は不運な男だと思った。猛省してほしい。そう考えると、麻生さんが際どい発言を続けながらも今も現役で職務に就けているのは流石?だなあと思う。

SMAPにも動きがあった。とにかくキムタク映画の宣伝をし過ぎだ。新作映画公開時の三谷幸喜よりもテレビに出ていたのではないだろうか。派閥とは、確執とは何だったのだろうか、と思ってしまうほど、他のジャニーズタレントや三浦大知とも共演したり、SMAP解散についても、言葉を選びながら率直に語っていた。ただ、ネットメディアでジャニーズタレントの露出が禁じられている(という因循姑息なガラパゴスルール)「黒ずくめのジャニタレ問題」も浮き彫りとなった。その一方で、香取と中居がテレビ朝日スマステーション」で共演。二人の掛け合いが噛み合っていないのでは?という点もほんの少し見受けられたが、香取の隠し子報道をネタにした際どい笑いもあり、なんだかんだ仲良いんじゃないのか、と放送を面白く観られた。その分さんまSMAPトークへの愛のなさも際立ってしまったが。


久々の顔合わせといえば、赤坂の料亭に小池都知事、小泉元総理、二階会長、山崎拓氏、そして安倍首相という豪華な面々が料亭に集結したそうだ。さながら「アベンジャーズ」、いや「コイズミンジャーズ」といった感があるが、小池と二階は「指切りげんまん」をしたそうだ。都議選ではバチバチやりあうのだろうが、まだ今なら指切りでも「VR握手」でもなんでもやれば良いのではないかと思う。

集まる者がいれば、別れる者もいる。民進党では、ゴリゴリの保守派である長島昭久議員が離党し、独自の改憲案を「中央公論」誌に寄稿した細野豪志氏が代表代行を辞任した。民進党はニコ超で「VR蓮舫だぞ、いいだろう」とお茶を濁している場合ではないのではないか。もう長島氏や細野氏と二度と会えないのであれば、OB会入会を断られた鳩山由紀夫氏と一緒にN高校よろしく「VR離党式・卒業式」でもやるべきだろう。

さて、ユーラシア大陸の反対側フランスでは、大統領選が行われた。ベテラン極右ポピュリスト・ルペンVS新参リベラル・マクロンの様相が伝えられている。移民排斥、反EUを是とするルペンは見ていて危なっかしく感じるが、昔から日本では「減税はやるし名古屋城建てたるけどよぉ、南京虐殺はなかったんだがや」「瞬きと失言は同じくらいしますよ。首都大学新銀行、どうだ東京ってカッコいいだろう」「築地は安全と言われているので安心ですわよ、豊洲は何をしても安全ではないですわよウフフ」「調子こいてるやつは悔しかったら選挙に出てみろよ、俺が論破してやりますよ」といったプチポピュリストが首長レベルで跋扈していることを思うと、あまり我が国も笑ってられないなと感じさせられる。

野生のポピュリストが政界で蔓延る一方で、アニメ「けものフレンズ」は放送終了後も人気を博している。「フレンズ」と呼ばれる愛らしいキャラクターと、謎が謎を呼ぶ深みあるストーリー展開。アニメをワンクールに一作品のペースでしか観ない小生も、童心に帰りすっかり心惹かれてしまった。テレビ朝日ミュージックステーション」にはテーマ曲「ようこそジャパリパークへ」を歌う「どうぶつビスケッツ×PPP(ペパプ)」が出演し、話題となった。ネットと茶の間の温度差はあまり気にしたくはないが、古舘伊知郎氏がラジオで的外れの批判をしているのは流石に納得いかなかった。古舘が絶賛した竹原ピストル氏と古舘が酷評した「どうぶつビスケッツ…」が同じ事務所で、かつ仲良く写真に写っている様子がTwitterに上がり、「どうぶつ…」の尾崎由香氏が古舘の番組のナレーションを務めていたという、ブーメランが一回り大きくなって群れで帰ってきたような、そんな騒動であった。古舘は「相手にウザがられようが喋りたくて仕方ないおっさん(爺ちゃん?)」であることが改めて示された格好となった。

愛されるキャラクターといえば、日本国民に愛されたフィギュアスケート浅田真央選手、そして村上佳菜子選手が引退を発表した。浅田真央選手の努力と屈託ない笑顔は、日本中で愛された。同じ笑顔なのに、ナオト・インティライミの笑顔はなぜあんなにネットで歪曲して伝えられてしまうのだろうと思う。ナオト・インティライミはメジャーデビューを何度もして、伸び悩んだ時代には世界一周の修行のような旅をするなど、我々には考えられないような努力をしてきた、決して怖がられるような存在ではない。「インティライミ」の「インティ」はケチュア語(南米インカの言葉)で「太陽」、「ライミ」は「祭り」の意である。底抜けに明るい彼の笑顔を穿った見方で捉えるべきではないと思う。


映画では、アカデミー賞ノミネート作「ララランド」が日本でも公開され、人気を博した。高速道路の渋滞を見かねた人々がいきなり踊り出すという点では旧来のインド映画に似たものがある(と観たこともないのに思っている)という以外特筆すべきものもない。映画でもドラマでも、「大ヒット作品のファン」は作品のネタを日常でも往々にして使いがちであるように思う(LINEのBGMをララランドの歌にしたり、ララランドの歌の再生画面をこれ見よがしにSNSに載せるなど)。小生も「あまちゃん」や「シン・ゴジラ」にドハマりした時期があったので気持ちはわかるが、「ネタハラ」はやりたくても避けるようには努力している?


デジタルネタでは、SNSマストドン」が日本で流行した。特にインスタンスpawoo」は、いわゆる「腐女子」をはじめとするオタク層や「絵師」と呼ばれる描画の愛好家たちに人気を博した。小生も「jp」と呼ばれるインスタンスにアカウントを作ったが、品のないやりとりや内輪受け感のある設定の横行などに辟易した。プログラミングの技術さえあれば「インスタンス」を運営することができればこのような問題も解決するのだが、底辺文系学生には難しい芸当であろうとは思う。


外交では、北朝鮮と米国、そして中国の関係が緊張した。アメリカの軍艦「カールビンソン」が朝鮮半島付近に停泊し、北朝鮮金日成生誕105年に合わせてミサイル発射を相次いで行った。メディアでは「米朝戦争前夜」的な報道がなされたが、日本では「一宮市のうどん店に消防車駐車で通報される」といったある意味殺伐とした問題が話題となった。

「働き方改革」も大きな話題となった。「ブルゾンちえみ」に見られるようなキャリア・ウーマンのステレオタイプや再配達問題など、日本の雇用はまだまだ問題を抱えていると思う。


豊洲も森友も目立った進捗はなく、道徳の教科書で和菓子屋がパン屋に記述を変えさせられようと世界は続いている。強く生きよう。